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次女の帰国

6月3日、この日は次女が10か月のアメリカ留学を終えて帰国する日です。5月の中旬に授業が終わった後、ペルーで日本からの友達と合流し1週間ほど旅行した後、一人でペルー各地を旅行するんだと言って、親を相変わらずハラハラ心配させていました。何でも事後報告の娘です。けれど、旅先では頻繁にメールで報告してくれました。旅先のパソコンは日本語が使えないというので、その間、英文でのやりとり。私も多分間違いだらけの英文でメールを打ち、錆びついた英語に悪戦苦闘しながらも結構楽しみました。

無事ペルー旅行も終え、いよいよ帰国の日です。同じ日本国内にいれば、心配の度合も少なくなります。連絡が取りたい時は、いつでも携帯が使えるのです。

6月2日、この日は私は夜、仕事でした。予定ではそろそろ飛行機に乗っている頃です。出発前にメールを入れてくれたかもしれないと、仕事の合間に携帯をのぞきました。ところがその文面は…

「飛行機に乗り遅れました…」

というものでした。その時の私の心境は、不思議と怒りは湧いてきませんでした。やっぱりな…と。あの子のことだから、それもあり得る…と。うまく行けばキャンセル待ちの次の便にでも乗れて、せいぜい半日遅れで帰って来られるかな…と。

次に仕事の合間に覗いたメールには、「次のチケット無事取れました。なんと、30分遅れで成田に着けるみたい、ラッキー!」てな事が書かれてありました。ああそうか、良かった~、じゃあすぐ後の便で乗れたんだ。きっとこのメールはどこかトランジットの合間に打ってくれたに違いない。そう思って「じゃあもう飛行機の中かな…」とメールを返しました。

仕事が終わり、再びメールチェックをしてみると、

「いや、まだ飛行機には乗ってない。夕方6時ごろ経つ便の予定」

とあるではありませんか。夕方6時?? 最初の予定では朝の6時に経つことになっていたのです。12時間も遅れて出発するのに到着が30分しか遅れないなんて、そんな事あるわけないじゃないですか。なぜ娘はその事に疑問を抱かないのでしょう。私はそう返信しました。それで娘は「確かにそれはおかしい」と気づき、それから航空会社に連絡を取ったりして、係員のミスだとわかり、チケットを取り直すことになったのですが、結局1日遅れの同じ便、同じ時刻の到着ということになったのです。

それだけなら良かったのですが、実は、アメリカで同じ寮のルームメイトが、娘の帰国に合わせて韓国への旅の途中、日本に遊びに来ることになっていたのです。お友達の到着は娘の到着より30分ほど遅い便でした。二人で彼女の到着を待って、一緒に家に帰ることになっていたのです。

「どうすんのよー!!!!」

私はお友達の顔も到着便の便名も知りません。そしてそしてもう一つ重大な問題が!! そうです、英語です。お友達は日本語が全くわかりません。日本に来るのも初めて。そして私の英語は中学生どまりです。そのお友達を一晩、お世話しなければならないのです。そこから私の怒りがふつふつと湧いてきました。自分の娘とはいえ、あまりにも呑気、あまりにも無責任です。一人で成田に降り立つお友達も、唯一の知り合いである友達がいなくて、どんなに心細い思いをすることでしょう。とにかく、無事に成田でピックアップしなければなりません。「今すぐ彼女に連絡をとって、便名だけでも教えてもらってよ!!」

翌日、お友達到着の便は3時半の予定でした。午前中に夕飯の買い物を済ませます。何を食べてもらおう。ご飯でいいのかな、パンも用意した方がいいのかな。とりあえず肉? 娘の話では、「よく食事を残すけれど、嫌いというわけではないので気にしないで」とのこと。無難にハンバーグにしてみました。娘からはお友達の写真が送られてきました。私はお友達の名前を書いたプラカードを作りました。お姉ちゃんに今日は早く帰って来れない?と聞いてみましたが、無理、とのこと。あああああん。どうしようどうしよう。

しかし、なるようにしかなりません。意を決して空港に向かいました。ボードで彼女の乗った飛行機が到着したと表示されました。その表示が「通関中」と変わりました。ああ、もうすぐ出てくる。私は出口の一番前で、プラカードを胸に掲げ、彼女が出てくるのを待ちました。そしてようやく、金髪の女の子が現れました。私は一目で彼女とわかりました。彼女も私のプラカードを見て、すぐわかったようです。近づいてきて「How do you do?」「Nice meet you.」…さあ、それから、長い長い一日が、始まりました。

初夏の鎌倉に行きました

娘のお友達をアメリカから迎えるために連日大掃除の日々でしたが、一日気分転換にと、鎌倉に行ってきました。

5月31日。お天気は曇り?と思っていたけれど、快晴に恵まれました! 日射しが強く、パンツ姿でも少々暑いくらいですが、木陰に入るとすーっとします。絶好の行楽日和です。

今回は長谷方面に行こうか、と前もって相談しておいたので、鎌倉駅から江ノ電に乗り換え長谷駅で降りました。江ノ電一日フリーパスというのが580円で売られています。それを買うと、元を取らなきゃ!という気分になりますが、実際鎌倉は結構歩いて回れてしまうので、歩いてお寺周りをしようとする人には、あんまり必要ないかもしれません。

最初考えたルートは大仏を見て、光則寺、長谷寺、成就院、極楽寺…というコースでしたが、長谷駅を降りたら大勢の人が大仏方面に歩いていくのを見て予定変更、最初に成就院に向かうことにしました。

成就院。

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こじんまりした小さなお寺です。道路からお寺に入っていく階段をあがり、後ろを振り返ると由比ヶ浜が見えました。

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階段の両脇にはアジサイが植えられています。まだ花には早い時期でした。

極楽寺に向かおうか迷いましたが(後で、行っておけばよかったと後悔します)、長谷方面に戻りました。力餅屋でお餅を買います。求肥の入ったお餅とは別に、季節限定のお餅もありました。この日は草餅。その周りにこしあんがついています。赤福あたりと同じ感じです。これを買って、道中で食べようということにしました。

途中に寄った御霊神社。

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後ろに山をいただく、静かな神社です。この山にも沢山アジサイが植わっていましたが、その日に見かけたのはこんな花。

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話をしながらのんびり歩いて、長谷駅を通り過ぎ、大仏へと向かいます。沢山の修学旅行生。そして外国からの旅行者。あの大きい大仏を見て、何を感じたでしょうか。頭上を見上げると、大仏様の後ろの空の青色の濃いこと。大仏様の背中へ回り、休憩するのに適当な石の上に座って、先ほど買ったお餅を食べました。草餅がとっても柔らかく、餡もそれほど甘くありません。求肥のお餅も買っておいて家で食べたのですが、そちらの方が甘く感じました。

戻って長谷寺に向かう途中に光則寺に寄りました。光則寺は別名「花の寺」ととしても知られています。アジサイにはまだ早くても、きっと何かお花が咲いているだろうと期待して。沢山の種類の山アジサイが咲いていました。

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お寺を出たところで、時計は2時近くになっていました。ガイドブックに載っていた、林の中のガーデンテラスのお店がどうしても気になります。気になるのは、ビールとソーセージの写真が載っていたからです。お店に電話をして、大仏からの道を尋ねると、源氏山ハイキングコースを登ってきてくださいとのこと。再び大仏前を通りすぎ、急な山道を登りました。これが案外急で階段も段差が大きいのです。きつめのジーンズを穿いていったのが災いしました。足が上がらない! 足を怪我して以来、右足の付け根付近、踏んばると痛みが出ます。階段を上がる時には常に、左足であがっていかなければなりません。これはさぞかしビールが美味しい事でしょう! それだけを楽しみに、ひたすら登ります。お店の人は15分ぐらいと言ったけれけど、30分近くかかったのではないでしょうか。ようやく木立の間から、お店が見えてきました。カフェテラス樹ガーデン。

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木に登っているリスの姿も見える、景色の素晴らしいお店です。しかしメニューを見ると、食べ物のメニューがアップルパイとパンプキンパイだけ…。思わずお店の人に「ガイドブックにソーセージの写真があったのですが…」と尋ねると、時間が遅かったので、もうなくなってしまったとのこと。お腹は空いていましたが、ここまで来て「じゃあ、別のお店に行きますか」という気力もありません。仕方なくビールと、そのパイを頼むことにしました。もちろん、パイを食べるならコーヒーの方がいいに決まってます。でも、その時は、ビールを外すなんて考えられませんでした。

ビールを飲み、パイを食べ、力餅を食べて、とりあえず小腹は満たされました。そこから鎌倉駅方面へ歩く道は平坦です。

で、鎌倉駅に着いたのですが、江ノ電に1回しか乗っていないのです。元が取れないので、極楽寺まで江ノ電で行くことにしました。ですが、時間が遅かった。極楽寺はもう閉門していたのです。

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仕方がないので山門の写真だけ撮って、また江ノ電で鎌倉駅に戻り、小町通りで買い物をして帰ってきました。そして、最初から行きたかった長谷寺に行き忘れていました。

なんとも計画性のない一日でしたが、それが許されるのも鎌倉ならではでしょう。

5月29日は…

私の誕生日でした。その日は仕事の早番。朝5時に起きるとアメリカの娘からメールが入っていました。娘は私の誕生日を覚えていてくれました。本日の一番乗りです。もうすぐ娘も帰ってきます。無事に帰ってきてくださいと願うばかり。娘のことだから、また何かやらかしてくれるのでは…と一抹の不安も抱きますが、もうここまでくれば特に問題はないでしょう。

会社の朝礼で、支配人が開口一番、「お誕生日おめでとうございます」と言ってくれました。そういえばスタッフルームにスタッフの誕生日の一覧表が貼ってあったっけ。支配人は毎日それを見てチェックしているのでしょうか。正直、あんまりめでたくもない気分ですが、ここまで健康に過ごしてこれたことには感謝しなくてはいけません。

仕事中に、実家の母から携帯にメールが届き、家に帰ってみると父からはファックスが届いていましたが、我が家のダンナからは一言もありません。「今日、何の日か知ってる?」自分から尋ねるのもしゃくですが、そう聞いてみると、ダンナはそこで初めて思い当たったようです。あーあー、結婚も25年も経つとそんな感じです。去年の銀婚式の日は殊勝にも覚えていて当日メールをくれましたが、今日は失格です。「じゃあ、今日は外でご飯を食べよう」ということになり、外出中の長女にメールを入れました。娘からは普通に「ハーイ、わかりました…」と返事がきます。うーむ、彼女も忘れているぽいな。去年の誕生日には、銀座でランチをご馳走してくれて、その後デパートで洋服を買ってくれたりしたのに、一年でこの差はなんでしょう。彼女も今、仕事が忙しく、毎日終電で帰ってくる有様なので、仕方がないといえばそうですが。

夜、レストランで席についても、彼女はまったく思い出さないようなので、ダンナが「今日、何の日?」と尋ねても、「え?なんだっけ…」。すぐ思い出したダンナよりも失格です。まあ、私の誕生日なんて、そんなもんです…。

さて、娘が帰国すると同時に、アメリカでルームメイトだったアメリカ人のお友達が我が家に遊びにくることになりました。「私も彼女の家に行ったけれど、彼女の家、チョー綺麗だったよ!」との一文が私に更なるプレッシャーを与えます。なんせ我が家は築20年以上の家です。外壁は何度か塗り直しましたが、トイレ、バスタブ、内装の壁紙、台所…すべて20年前のもののままです。遊びに来ることが決まってから少しずつ片づけを始めましたが、一箇所手をつけ始めると、次から次へと片づけなければならないところが出てきます。我が家に越してきて以来、初めて大々的に大掃除をすることになりました。

そんなわけで誕生日の日もその次の日も、私の一日は掃除漬けでした。今年一年、せいぜい綺麗に住むことを心がけましょう。

5月9日は…

母の日でしたが、我が家では何もイベントごとなどありませんでした。事実、私も忘れていました。

吉祥寺に降り立って改札口を出たところに花屋さんがあり、そこに人が群がっていて、「あ、そういえば今日は…」と気がついた次第です。

お姉ちゃんは土曜日から泊まりで大阪出張、最近出張が多く、週に1度は飛行機に乗って、長崎だ、福岡だ…と走り回っています。マイルが貯まる!と喜んでいますが。なかなか疲れそう。

次女は6月3日に帰国が決まりましたが、届いたメールにも「母の日」の言葉はナシ。きっと忘れているのでしょう。アメリカでは、母の日って大々的にはやらないのかな。

吉祥寺の駅ビルが新しく生まれ変わり、2階は営業を始めていますが、若者向けの洒落たお店が多く、あまり用はないけれど、見ているのは結構楽しいです。ロクシタンのちょっと良い香のするのがあったけど、6000円は高いなあ。自分に御褒美としても。

文房具屋さんを覗いてみたら、こんなのがあったので思わず買いました。

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カラーテープです。テープの上に文字が書けるタイプ。よく見かける「マイタック」シリーズはみんな白ばかりで、色つきのものがありません。これは自分で好きな長さにカットして使えるし、おまけに4色も入っています。可愛いし綺麗です。結構文房具って好きな私です。

夜はステーキを焼きましたが、やっぱり2枚で700円の肉は不味い。固くて。おまけに焼く前に肉を叩くのを忘れてしまって。それで余計ダメだったのかな。

ダンナには「やっぱり最低でも1枚1000円はする肉を買わないとダメなんじゃない?」と言われるし。確かにそうだ。母の日なのに自分で夕食を作り、おまけに不味いときたもんだ。お姉ちゃんは12時近くに帰宅。「そういえば、今日は母の日だったね。すみません、何も出来なくて。いつもありがとうございます」と言ってくれた。一緒に出張に行った同僚共々、すっかり忘れていたようで。帰りの新幹線の中で二人して「そういえば!」と気がついたそうで。

まあ、仕方がない。私も母に母の日してなかったし。とりあえずメールを送りました。母は今日の句会で、またまた良い句が作れたようで、「帰りにケーキを買いました。自分へのご褒美」とメールが返ってきました。

結局、女は、そうやって自分にご褒美です。

筑波に行ってきました

ゴールデンウィークも、もう終盤です。高速道路はあちこちで渋滞が発生しているようですが、この中、全く渋滞に遭わずに、プチ旅行をしてきました。

2日朝10時過ぎに家を出ます。四街道ICから東関道で終点潮来ICまで。潮来の出口は車線が少なくなっているためか、利根川を渡る頃から少し車が並びましたが、それでも通過に1時間かかるというわけでもありません。

潮来を降りたら、霞ヶ浦沿いの道を石岡に向かって走ります。まったく田舎道。車の左遠くに霞ヶ浦を眺めながら石岡を過ぎて、笠間に向かいました。笠間ではGW期間中、ひまつりという陶器市が行われています。その会場に近づく頃、車はノロノロ運転に。会場から少し離れたところの臨時駐車場に車を止めて歩けばよかったのですが、どれぐらい距離が離れているのか今一つわからず、結局会場近くの駐車場に何とか停めることができました。

会場のイベント広場には、沢山のテントが設けられ、本当に沢山の窯元がお店を出していました。お店の数もすごいけど、人の数もすごい。通路の両側にあるお店を右に左に一軒ずつのぞいていったのですが、とても1日で見られる数じゃありません。

笠間焼きは、安価なものはずっしりと重く、日々使いのものを求めるのにはちょっとどうかな…という印象ですが、花挿しなどは風情があって、なかなかよかったです。が、「いいな」と思うものは高い。

会場でもらった地図に、お気に入りのお店の場所を○印をつけて、まずは歩いていきました。欲しかったのは、毎朝パンを食べる時のお皿。パンと目玉焼きぐらい乗る大きさのものが欲しいのですが、これがなかなか、希望に合うものがありません。

その次に欲しかったのは湯呑み茶碗ですが、これも不思議と、「これ、湯呑み? ビアグラスじゃない?」と迷うほど、口径が広くて、なんか、沢山お茶が飲めてお腹がたぷんたぷんになりそうな感じ。

時計も2時半をまわって、お腹も空いてきました。会場の中心には食べ物の屋台も沢山出ていて、つきたてだというお餅とソフトクリームを食べます。夜の宿の料理に期待して、昼は少な目にしておこうということに。

どうにか、お皿と茶碗を買うことができました。写真は近々アップしましょう。

さて、笠間から筑波山に向かいます。本日の宿は筑波山京成ホテル。筑波随一の景勝を誇る…というのが売りのホテルです。もみじが丘というロープウェイの乗り場の隣に建っているホテルですが、ロープウェイ乗り場の駐車場ととホテル駐車場の入り口が同じなので、ロープウェイ乗り場に停めたい車の列の中で、ここはさすがに渋滞に遭いました。時間が4時頃だったので、帰る車も多かったため、駐車場はどんどん空いてきて、それほど待つこともなく、ホテルの駐車場に着きました。これが翌朝9時には、もう駐車場への道が大渋滞です。この時間に駐車場から出ていく車は少ないと思うので、あの渋滞の車の人たちは一体何時間待って入れたのでしょう。筑波山に行くのなら、前日に京成ホテルに泊まって、次の日ホテルの駐車場に車を置きっぱなしにして筑波山に登るか、朝よっぽど早く駐車場に入れるように出かけた方がいいでしょう。

さて、筑波随一の景勝というのは確かにその通りで、客室から関東平野が一望できます。

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これが夜になるとこんな感じ。

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冬だと、東京タワーとか新宿副都心のビル群までも見えたりするそうです。

花より団子の次女のために。

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ホテルの夕食。これに牛ヒレ肉の焼き物がつきました。ただ、冷めた料理が多かったのが残念。トップシーズンでありながら低価格で泊まれるので、料理はあまり期待はしていませんでしたが。まあ、こんなもんでしょう。

温泉は、清潔感があり露天風呂の眺めも良くて、これは二重丸。

翌日は、ロープウェイで山へ登り、そこから少し山道を登ったところが女体山の頂上。360度のパノラマです。結構足場が悪く、階段の段差もきついので、足腰に気をつけなければならない身としては少々つらいものがありました。

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この写真の真ん中の山のちょこっと突き出ているのが女体山。ふもとの駐車場からも登っていけます。1時間半ぐらいかかるとか。

そこから尾根伝いにケーブルカーの乗り場まで歩きます。ケーブルカーの乗り場の近くに男体山があり、そこにも登って行くことができるのですが、私はギブアップ。主人が一人で登って降りてきました。

そこからケーブルカーで、もみじが丘と反対側におり、筑波神社に行きました。

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なかなか大きい神社です。境内では、がまの油売りの口上が実演されていました。

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そこからまたケーブルカーで山に登り、また尾根伝いにロープウェイの乗り場まで歩き、ロープウェイに乗ってふもとまで降りて、ホテルの駐車場に停めてあった車を出して、帰路に着きました。

帰りは石岡まで戻り、そこから鉾田を通って海岸線に出て、その道中で昼食を食べる…というねらいでしたが、適当な飲食店がなくて、やっと見つけた蕎麦屋は「もうお蕎麦がなくなってしまいまして…」と言われて…。結局、家の近くのパン屋でパンを買って、家に帰って遅めの昼食(4時過ぎていました)をとった次第です。

海沿いの道も、混むかなと覚悟していたのですが、そんなこともなく。結局、GWに茨城に行こうという人は、あまりいないのでしょう。ストレスなく車を走らせる事ができたのは良かったですが…。もう茨城はいいかな。

箱根の2日目

箱根2日目は前日よりもさらに天気が良く、ホテルのロビーからは芦ノ湖と富士山がくっきりと見えました。でも富士山の山頂には白い雲がかかっていて、なかなかその雲が取れません。

ホテルを後にして、お決まりのコース、大湧谷。ここには何度も来た事がありますが、以前より遊歩道が整備されているような気がしました。前はもっと歩きにくかったような…。

けれど、足を痛めている母には、ずっと登りの階段は少しきつかったのではないでしょうか。それでも母はゆっくり登ってきました。右手にはずっと富士山が見えているのですが、どうしても頂上の雲が取れそうで取れません。「今日は無理かしらね」「まあこれだけお天気が良ければ、ラッキーだったよ」そんな会話をしながら、遊歩道の終点へ。

ここで名物の黒玉子を買い求めました。塩もついているので、すぐその場で殻をむいて食べている人もいました。1個食べると7年寿命が延びるとか。袋には5個玉子が入っていますよ。

相変わらず、今も生きているんだなあ。

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続いて、駒ヶ岳に登ることにしました。ここには私も一度も行った事がありません。箱根園からロープウェイで7分ほどです。

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ロープウェイの終点の展望台から芦ノ湖。広すぎてカメラの画面に収まりきれません。下に見えるのは箱根園のゴルフ場。

そこから駒ヶ岳山頂まで、ゆるやかに上り坂です。山頂に箱根神社の元宮が建っています。せっかくだから、そこまでお詣りに行くことにしました。

前々日まで寒くて、ここ一帯では雪も降ったようです。まだ雪が溶けずに残っていて、足元が滑るところもあり、少し怖かった。母の足も心配しましたが、何とか無事に山頂まで登りきることができました。

母は歩くのが大好きな人ですが、足を怪我してから、時々股関節に激痛が走るらしく、それを怖がって、もう山登りは出来ないと諦めていたようなのです。それが今回、まだまだ歩けることがわかって、また自信を取り戻した様子。とても嬉しそうな母の姿を見て、私も嬉しくなってきます。

そんな私たちにささやかな御褒美! 今まで雲に隠れていた富士山の頂上が、一瞬だけ、見えました。

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十分満足した駒ヶ岳です。このあと、湖畔の箱根神社にも足を運ぶつもりでしたが、今回は見送りました。また次回のお楽しみということに。

湖畔で昼食をとり、寄せ木細工の店で家族全員の箸を買いました。お店の方に帰り道のドライブコースを教えてもらい、旧道を通って小田原に向かいました。山を下りてくる時、山桜があちこちに咲いているところが、ほんのりピンク色に見えて、とても綺麗。

小田原で蒲鉾や干物など買い求め、無事、家に帰ってきました。

箱根は意外と近かった。そして、何度行っても、なかなか面白い場所だと再発見しました。

箱根に行きました

18~19日にかけて、母と一緒に箱根に行ってきました。

前日までの寒い、雨ばかり続いた天気が一転、朝から快晴です。千葉から吉祥寺に母を迎えに行き、東京インタから御殿場インタまで、途中休憩もしましたが、11時には着いてしまいました。自分で東名を車で運転してきたのは初めてですが、意外に近くてびっくりです。

最初に訪れたのは箱根湿生花園。四季折々に色々な種類の花が咲くようですが、4月はまだ種類が少なく、ちょっと寂しい感じです。初めて聞く名前の可憐な花々です。

シデコブシ。

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ミスミソウ。

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キジムシロ。

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ユキワリコザクラ。

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ミズバショウの群生。

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のんびり歩いて写真を撮って、うぐいすの鳴き声に耳を傾け、ゆったりと時間を過ごしました。お天気もまずまず。違う季節にまた行ってみたい。

湿生花園をあとにして、次は箱根ラリック美術館に行きました。湿生花園とラリック美術館の共通券があり、それぞれの場所で入場券を買うより割安になっています。

ラリックというのは、ガラス工芸を初めとする装飾工芸家で、シャンデリアや香水瓶など、彼の作品が多く展示されているのですが、中でも、オリエント急行の車内装飾を手がけたとして、オリエント急行の1車輌を館内に展示し、その中で優雅にお茶とお菓子をいただけます。値段は2100円と少し高めですが、現地で使われていた車輌そのままの雰囲気を楽しみました。お茶はコーヒー、紅茶、ハーブティーの3種類の中から選べ、この日のお菓子はチーズスフレで、マーマレード、バラのジャム、ホイップクリームが添えられていて、それを乗っけていただきます。一応、車内は撮影禁止とのことで、残念ながら写真はなし。でも係の人が、帰り際に1組ずつ、車輌の前で記念撮影をしてくれます。タダですよ。

隣にはレストランがあって、ようやく遅めの昼食を食べることになりました。こちらはランチセット1900円。地場物の野菜サラダに、ワンプレートの中にはスズキのベニエ(洋風天ぷらみたいなの)とローストポーク。それにパン。残念ながら飲物はついていませんが、そこそこ満腹になりました。

その頃には太陽が隠れてしまい、少し寒くなってきました。沢山歩いたので、もういいね、と、ホテルに向かいました。そして楽しみにしていた温泉! ああ気持ちいい!

ビア、ヌォーバ・ロンド

何だか美味しい物が食べたくなったので、月曜日、東京に出かけたついでにお姉ちゃんと待ち合わせして、銀座で美味しいイタリアンを食べてきました。

お店に入ってお姉ちゃんが「私、このお店、前に来た事あったわ」と言い出した。その時は、友達に連れて来られたので、道もよく覚えていなくて、お店の入り口のディスプレイを見て、ようやく思い出したようです。「ランチ美味しかったから、また来たかったんだ」ということで、料理も期待できました。

店内は私たちを含め、3、4組ほどのお客さんがいて、のんびり、ゆったり食事とワインを楽しんでいる様子でした。

コースは3675円で、前菜1、前菜2、パスタ系、メインと4つのカテゴリーの中から自分で好きなのを組み合わせて決められます。それぞれのカテゴリーに6、7種類もの料理があって、なかなか迷います。お姉ちゃんと二人で全部違うものを頼んで、合計8種類、色んな味を楽しんできました。どれもほんの少しずつなんだけど、結構最後の方はお腹がいっぱいになってきます。

デザートとコーヒーは別料金でしたが、デザートも4種類ぐらいの中から選べます。こればかりは私もお姉ちゃんも同じ、焼きリンゴのパイ、ジェラート添え。コーヒーを頼んだら、こんな絵を描いてくれました。

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思わずお姉ちゃんと「可愛い!」と言ってしまいました。「まつげまで描いてあるよ」とお姉ちゃん。ほがらかな人はマスターでしょうか、「頑張りました!」と笑っておっしゃっていましたが。

「ランチの時は忙しくて、マスター豹変するよ」とお姉ちゃんが後でこっそり教えてくれました。ランチも食べてみたいですが、またゆっくり、夜に行きたいな。

テニス再開してみました

足首を怪我したのが2月11日。その日以来のテニスです。1か月半以上もテニスをやらなかったのは、ここ数年ではなかったことです。肉離れを起こした時も、四十肩だった時も、そんなにテニスを休みませんでした。

正直、この1か月は、足の怪我より、そこから引き起こされた腰の痛み、またそこから連鎖反応的に生じた右足太股付け根の痛みに悩まされて、テニスをやりたい気持ちが、薄れてしまってました。テニスをやっている人を見ても、初めの頃は「いいなあ、私もやりたい」と思っていましたが、だんだん、「テニスできなくなるなら、それでもいいや…」と思ったりしていました。でも4月後半には、年に2回の楽しみにしているイベントもあり、それにはやっぱり出たくて、今、どれだけ動けるか、確かめる必要もあったので、今日、やってみました。

ショートラリーですら、ラケットにボールがちゃんと当たらない。フレームだったり、追いつけなかったり、球とラケットの距離感が合わなかったり。一球ごとに「すいませーん」の連発です。そして、動き出してみて、やはり、足首に痛みが出ることがわかり、ちょっと怖くなって、余計動けなくなりました。ベースラインでのストロークはまだ良いのですが、前衛に立ってのボレーでは、右側に動くのは何とか体が反応しますが、左側に踏み出すのに、一瞬左足に痛みが出るので、飛び出す事ができません。

腰の方も様子をみながら、足の付け根の痛みも様子をみながら。3か所に気を配らなくてはならないなんて。つくづく、何も考えずに打ててたのを幸せな事だと痛感しました。健康であるということ、体が痛くないということ。有難いことです。

ほとんど汗もかかずに終わりましたが、それでもだんだん感覚が戻ってきて、ストロークもマシになってくると、やはり「楽しい」という気分にもなりました。

以前の動きに戻るのは、まだ先になりそうだけど、とりあえず、復帰の目途は立ちました。

ニューオリンズでの音楽

娘がオーストラリアでCDを買ってきてくれた後も、ジョン・メイヤーがそんなに有名なミュージシャンだとは知りませんでした。気に入って日本でアルバムを何枚か買っていたら、娘が「ナッシュビルでジョン・メイヤーのライブがある!」と言ってきました。行くのを迷っていたので、「絶対行きなよ!」と背中を押してあげました。ナッシュビルはアイスホッケーの試合をやるアリーナで、たびたびライブがあるそうです。それも大物ミュージシャンが日本よりはるかに安い値段でライブをやってくれるそうです。こないだもビリー・ジョエルとエルトン・ジョンが一緒にライブをやったとか、エリック・クラプトンが来たとか。ナッシュビルのお友達の勉強机の上には、そういうライブのチケットが沢山挟んでありました。

そのジョン・メイヤーが、私達の旅行日程にドンピシャリ! ニューオリンズ滞在中にライブをやるというのです。娘に頼んでチケットを取ってもらい、お姉ちゃんと、お友達のママと3人で出かけていきました。

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会場は、ニューオリンズ・アリーナ。有名なバスケットチームが試合をする会場だそうです。私達の席はステージやや後方の、でも結構ミュージシャンに近い席でした。入り口で一応カバンの中はチェックされたけれど、会場の中は写真も撮り放題。肖像権がどうとか、うるさく言う人はいないんでしょうね。オープニング・アクトに続いて、夜9時ごろからジョン・メイヤーの登場です。会場内は凄まじい喚声。私は日本での来日ミュージシャンのライブで、あんなに大きな喚声を聞いたことはありません。会場全体が震えるようでした。

一応、肖像権に配慮して、ステージはこんな感じ。

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ジョン・メイヤーは歌ももちろん上手いですが、あれほどギターが上手いとは知りませんでした。エリック・クラプトンの再来…とか言われているんだそうです。いやーライブは本当に良かった。その場所に自分がいること自体、信じられないぐらい幸せな気分でした。アメリカに来れて本当に良かったよお…。もうこれ以上の幸せなんてないんじゃないか、とさえ思えた一瞬でした。

ニューオリンズはジャズの街です。街中の路上では、ギターを弾き語りする人や、バンドで演奏する人、思い思いの場所で自分たちも楽しんで、そして周りで聞いている人たちも楽しんでいるという感じです。ニューオリンズは数年前、ハリケーンによって、街が大きなダメージを受けたそうです。街に沢山いたミュージシャンは、それを境に、ニューオリンズから去っていき、今でもハリケーン前の数には戻っていないとのこと。でも、ちょっと前にはまだ工事中だったフレンチ・マーケットが綺麗になっていた! と、娘のお友達が驚いたように言ってました。少しずつ前の活気が戻っているのでしょうか。

そして、ニューオリンズで何といっても有名なのがプリザベーション・ホール。

http://www.preservationhall.com/hall/index.aspx

毎日夜8時から3ステージ、1回千円ほどでライブが見られます。本当に小さなホールで古びていて、それだけで趣があります。ステージ前には敷物が敷かれ、お客さんの特等席。その後ろに長椅子が何列か置かれ、あとは立ち見です。

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3月11日、この日の出演バンドは、Paulin Brothers Brass Band。陽気なディキシーランド・ジャズです。例によって写真撮影OK。

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1時間足らずのステージだったでしょうか。でも本当に楽しいライブでした。

私は青春時代をほとんどアメリカ音楽とともに過ごしました。アメリカで車を借りた時、ラジオのPOPS専門チャンネルから流れてくる70・80年代の曲は、ほとんど知っている曲でした。嬉しいのは、今でもアメリカでは、70~80年代の曲が消えることなく聞かれ続けているということです。その時代はアメリカン・ポップスの歴史の中でも、土台を築いたと言えると思うのですが、アメリカの風景を目にしながら、それらの曲を聞くと、日本では味わうことのできなかった感覚がありました。あのどこまでも続くフリーウェイ、抜けるように高い空と草原は、Sweet Home Alabamaであり、Z.Z.TOPなんだなあ…と。ああ、そうか…と、納得した旅でもありました。

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